山田孝之ピエール滝リリー・フランキーの演技バトル!悪に騙されるな

「一つ教えてやる。私を殺したいと一番強く願ってるのは、被害者でも、おそらく須藤でもない」

このラストのセリフに作品の全てを集約させている。

つまり、これは殺人事件をテーマにした作品ではないのだ。
保険金殺人がテーマでもない。

資本主義がテーマなのである。

icco

満足度(0%)

まだみてない。

お杉

満足度(50%)

後味が悪すぎる。

あらすじ

週刊誌のもとに東京拘置所に収監中の死刑囚・須藤から手紙が届く。
記者の藤井は須藤に面会し、話を聞く。
すると、まだ明るみになっていない殺人事件があった。
首謀者は木村。
須藤は、「自分だけが捕まり木村が捕まっていないことが許せない、復讐したい」と藤井に告げる。
木村は、不動産ブローカーとして、土地を転売する仕事をしている。
その傍ら、金貸しをして、稼ぐが、貸した相手をつい殺してしまう。
その殺人を隠すため、須藤と工作する。
そして、次々に保険金殺人などを計画し、金を稼ぐのだ。

藤井は事件の真相を追っていく。
事件解明に正義を見出し、そこにのみ没頭する。

藤井には、妻と認知症の母がいる。
妻は認知症の母の面倒を見るが、藤井が事件を調べるため、家を不在にする。
そして、妻耐えられなくなり、離婚届を出す。

藤井は、当初、上司に許可がもらえなかった木村の殺人事件の記事掲載の許可を取り、雑誌は発刊。
木村の逮捕。そして、事件がひと段落する。

家族も母を施設にいれることで、合意。

最後に藤井は木村に「まだ終わっていない」と宣告するが、木村から
「一つ教えてやる。私を殺したいと一番強く願ってるのは、被害者でも、おそらく須藤でもない」と言われる。

登場人物の役割

木村は資本主義を象徴しているといってもいいだろう。
それは、人物の役割から説明する。
登場人物の役割から映画の設定を考えると、言いたいことが見えてくる

【須藤】
須藤は、元やくざの幹部。木村と仲が良く、頭が悪い。
殺人も平気で行ってしまうのだ。
仲間思いな一面もあり、裏切りが大嫌い。
舎弟を大切にするが、凶変すると見境がない。

【牛場】
牛場は、保険金をかけられて殺される。
借金をしてしまい、返せず、家族から木村に依頼をされるのだ。
家族も、借金の現実から逃げ、父を殺すのだ。
最後、家族全員捕まってしまう。

【五十嵐】
五十嵐は、須藤の舎弟である。須藤を慕って、なんでもやってしまう。
様々な殺人を手伝うが、牛場については、若干のためらいがあるような顔をする。
そして、最後は、木村に「逃走資金をくれ」と言われたと疑いをかけられ須藤に殺されてしまう。

【日野】
日野も須藤の舎弟であるが、五十嵐よりも距離が遠い。
日野は、佐々木を逃がしてしまい、須藤に裏切られたと殺されてしまう。

【藤井】
藤井は、主人公である。週刊誌の記者だ。
仕事が忙しく、家庭をおろそかにしてしまう。
母は認知症。妻が一人で介護をする生活を送る。
事件を追う中、妻に任せっきりにしてしまうので、妻は疲弊する。
そして、離婚を切り出す。
事件を追うが、それなりに解決していく。

【木村】
木村は、不動産ブローカーとして、様々顔を聞かせる。
金を貸し、恩を売り、人殺工作を手伝わせたりする。
また、平気で暴行を加えたり、保険金殺人をバブルという。
須藤に対しては、「俺たちは兄弟」というが、裏では、「もう駄目だ」と。
そして、証拠隠滅をしっかりと図り、捕まるのだ。

これらの人物像をあげた理由は、それぞれが役割を果たしているからだ。

全て木村の支配下にいる

まず、木村を頂点に、殺人事件に関わる人間はヒエラルキーになっている。
表向きは、木村と須藤は同等のようで、全て木村の支配下にいる。
そして、舎弟やそのほか手伝う人間も木村に従うのだ。

つまり、木村という「力」に他の誰も勝てないのである。
金と権力を象徴する木村は、まさに資本主義である。

殺しを平気で行える須藤を重宝し、須藤の下につく舎弟はその下だ。
また、保険金殺人をかける家族をうまく利用し、自分に金が入るように仕向ける。
その前の転売についても、ほかに金を貸した人間をうまく利用し、証拠隠滅を図る。
そして、断るものなら、その人間たちも機能しなくなるようにするのだ。

そして、藤井は、仕事を優先し、家庭を顧みず悪を暴こうとする。
当初は、「スクープかもしれない」が動機だったかもしれないが、だんだんと木村を、殺人を許せなくなる。
そして、それが正義になり、家庭の、妻の状況よりも優先されてしまう。
木村に、結果、踊らされてしまうのだ。

藤井の感情導線

藤井はだんだんと、木村の事件と、自分の環境を重ね合わせていく。

これは描かれていない。

したがって、藤井の行動の否定から、「木村の事件と、自分の環境を重ね合わせていく」ことを肯定していきたい。

藤井の仕事と家庭

藤井は、仕事で家庭を空けてしまう。
そして、仕事でも、ネタにならないと最初は切り捨てられる。
確証ができると、認められ、記事になる。
上司を動かし、警察を動かし、木村を逮捕まで追い詰める。
しかし、家庭はどんどんおろそかになる。
状況は悪化していく。
正義感に支配され、理解しない妻と話し合いもうまくいかない。

本当であれば、いや、通常の物語であれば、言い方が難しいが、
「ジャーナリズム」「正義感」「殺人犯罪の悪」がテーマであれば、妻とは離婚し、家庭は崩壊するのだ。
そこに正義を見出すがゆえに、「家庭を顧みずに正義を取った」となる。

しかし、藤井は、あれだけ避けていた、「母を施設に入れること」を選択するのだ。

家庭を優先させた藤井

家庭での問題を軽減させ、仕事に集中するためであれば、不法侵入と公務執行妨害で捕まって、妻が面会に来た時に決断するはずである。
それが、妻とは離婚せず、母を施設に入れる。
そして、それは、木村を逮捕に追い込んだあとの話である。

もう、仕事もひと段落し、家庭にも力が注げるのだ。
しかし、施設に入れることを選んだ。
妻との家庭を守ることを選んだ。

恐怖心からの行動

もう一つ可能性があるのが、木村の事件から、「母を自分も、もしくは妻も殺してしまうのではないか」という恐怖心からその選択をすることだ。
藤井は、金がないわけではない。そして、母を憎んでもいない。
妻も家庭から離れようとしているから、殺すことはない。
したがって、その可能性もないのだ。

仕事の成果に喜ばない

そして、事件解決の記事を出したことについて、「ジャーナリスト」として褒められるシーンがある。
しかし、藤井はしっくり来ていない。
どこか、納得がいかないのである。

これらからもわかるように、「ジャーナリズム」「正義感」「殺人犯罪の悪」がテーマではない。

弱肉強食の負の部分がすべて、木村であり、須藤なのだ

では、なぜ資本主義なのか。そして、そこに木村を照らし合わせたのか。

資本主義とは、一歩間違えれば、正義の名のもとに、悪にもなりかねない。
拝金主義に陥れば、木村のように人を金としてみる。
そして、命の重さを鑑みないのだ。

人を利益のために利用し、最後は自分だけが生き残ろうとする。
須藤も生き延びたいから木村を告発する。

自分の利益のみに走る。
弱肉強食の負の部分がすべて、木村であり、須藤なのだ。

藤井も命の根源である母や、妻、家庭を疎かにし、正義の名のもとに働いた。
そして、崩壊寸前までいく。
仕事を成功させるが、その先には、家庭の破滅があるのだ。
そして、これを木村や須藤と同じだと気が付いたのだ。
いや、気がついていない。

本能的に、家庭を守っただけだ。

そして、最後の木村のセリフ、
「一つ教えてやる。私を殺したいと一番強く願ってるのは、被害者でも、おそらく須藤でもない」
が来る。

藤井は、本能的に、木村を資本主義の悪の部分と捉え、追い詰めようとしていたのだ。

お杉はお金もビジネスも嫌いではない

先日、ツイッターでのやり取りで、「ビジネスに捉われるのが嫌であれば…」と言われた。
あたかも、私が、「ビジネスは悪」で、「すべてを平等にしたい」と思っているかのように。

そんなはずはない。
共産主義も社会主義も失敗している。
人間は、本能的に資本主義になるしかないのだ。
平等などという人工物が不規則の変数で動くビジネスに通用するわけがない。

しかし、「大資本のみが勝ち続ける社会」「大衆がビジネスに踊らされ、利用される社会」は嫌いである。
「権力に押しつぶされる社会」「政治に踊らされる社会」「わからないように騙される社会」は嫌いである。

まさに、保険金をかけた家族や、須藤、舎弟たちのように。

本質を見抜く力をつける必要があるのだ

では、そうならないためにはどのようにすればいいのか。

それは、本質を見抜く力である。
人間は、意思のもと行動する。
したがって、必ず、その行動は、何かの目的を持っているのだ。

政治でも、「この法案を通したいから、選挙協力しましょう」とその法案を通す目的のために、協力するのだ。
それはビジネスでも、政治でも、会社の中でもすべて同じだ。

それに気が付かないのは、人間の本質を見抜いていないからである。
仮面をかぶり善人ぶる人間の裏を考えないからである。

したがって、本質を見抜く力をつける必要があるのだ。

須藤は、頭が悪く人情味があるところを利用された。
五十嵐は、須藤を慕う気持ちを利用された。
家族は、貧困と自分たちの生活を利用された。
藤井は、正義感を利用された。

全て、利用される裏があるのだ。

「素直な人間は馬鹿をみる」のではない。素直でもいいのだ。
藤井の妻は素直だ。
藤井の本質を見抜き(もしくは本能的に感じ)自分の目的を達成した。

これが大切なのである。

この映画では、それを訴えているのではないか。
そう思えてならない。

最後に

酒を飲ませて、じわじわと殺す。
なんとも嫌なシーンの連続だ。
それは演出かどうかはわからないが、かなり効果的だった。
そして、言いたいことも、メッセージも受け取ったが、それほどしっくりこない。
なんとも嫌な気分になるだけの映画である。

監督 白石和彌
脚本 高橋泉
白石和彌
原作 新潮45編集部編
『凶悪 -ある死刑囚の告発-』
製作 鳥羽乾二郎
十二村幹男
赤城聡
千葉善紀
永田芳弘
齋藤寛朗
製作総指揮
由里敬三
藤岡修
音楽 安川午朗
撮影 今井孝博
編集 加藤ひとみ
出演者
山田孝之
ピエール瀧
リリー・フランキー
池脇千鶴
範田紗々
icco
地元にリリー・フランキーそっくりの定食屋のおじさんがいます。

そこの定食屋では、どんな定食を頼んでもチキンカツがついてきて、魚フライ定食だろうが、焼肉定食だろうが、親子丼だろうが、とにかく何を頼んでもチキンカツが二枚ついてくるんです。

あまりに気になったので、一度だけチキンカツ定食を頼んでみたら、チキンカツが四枚乗ったお皿と別でチキンカツが二枚出てきました。

もう、チキンカツ屋になればいいのに。

お杉
歌舞伎町でピエール瀧に似たスーツ着た人に絡まれたことあったな。
めっちゃ怖かったけど、周りの人みんな笑ってるのね。
そこが一番怖い。

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お杉

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