湯を沸かすほどの熱い愛 母は家族の太陽 宮沢りえの演技は圧巻

「母は太陽」なのだ

この映画について、何から書き出そうか迷った。

「泣いた」

「これはずるい」

「愛なのだ」

「こんな映画観たことない」

など、色々と思い浮かんでは消した。

そして、今なお、しっくりこない。

そして、結論を先に言うことにした。
大絶賛である。

そして、
「母は太陽」なのだ。

これほどまでに母親の愛情をストレートに、そして、純粋に描いた映画はないのではないか。
これほどまでに心揺さぶられる映画は観たいことない。
これほどまでに切なくなる映画も観たことない。

素晴らしい。
そして、ずるい。
そして、号泣してしまった

周りの人々を幸せにできる愛情が溢れた母

「母は家族の太陽」である。

母が元気で、明るい家庭は幸せだ。
母が楽しく、愛情を注ぐ家庭は幸せだ。
母が怒っても、叱っても、優しくされた記憶しか残らない。
母は愛情がゆえに、誰よりも知恵を絞れるのだ。
母親の愛情をしっかりと受けた人は幸せになれるのだ。

映画では血の繋がりではなく、実質的な母としての関係性から愛情を描いた。
しかし、血の繋がりを超え、家族間を超え、周りの人々を幸せにできる愛情が溢れた母なのだ

子供を愛してあげないといけない

昨今、悲惨なニュースを聞くことが多い。
(昔からあった問題が浮き彫りになり、ニュースになりやすくなった。)
しかし、それは悲劇が悲劇を生んでいるようにしか思えない。
愛情を注がれていない子が親になるのだ。
その親が子に愛情を注げるわけがない。

「親を愛せない人間がどうして他の人を愛せるのか」と問うた経営者がいた。

しかし、愛されていないから、愛せないのだ。

だからこそ、どこかのタイミングで、どこかの世代で、子供を愛してあげないといけないのだ

この映画では、十分それを、世間に、それぞれの個人に、伝えうる力を持っていたのではないか。

「最後はお母ちゃんがそばにいる」

いじめられている子供に「強くなれ」と叱る。
(ことと場合によっては、大変な事態になるが)子は、今まで受けた愛から、自分に自信を持ち、立ち向かうのだ。
同級生にペンキで塗られまくった娘を見て「どの色が好きか」などと聞けるほどの強い愛情はどれだけ子供に勇気を与えるのか。
どうなろう、叱ろうと、無理やりであろうと、「最後はお母ちゃんがそばにいる」その絶対的な安心があるのだ。

親の愛を感じられず、一人旅をする青年。
自分が分からず、自分を探すが、なにをどうしていいのかわからない。
しかし、一回の抱擁で全てを感じるのだ。
「私はあなたの味方、頑張りなさい」
それほど、母の力は偉大なのである。

偉大なる母の力を下支えしたい

私は、残念ながら、男性として、この世に生を受けた。
したがって、母親になることはできない。

だからこそ、自分の母親への感謝と、そして母親になる妻への感謝を通し、その偉大なる母の力を下支えしたい。

「母は家族の太陽」である。
母が一番幸福を作る権利があり、力があるのだ。

いつ死んでもいいように、生きるのだ

そして、もう一つファクターがある。
それは命である。

命は有限だ。
したがって、人に与えられた時間も有限である。
いつかは死ぬのだ。

しかし、この映画の母は、死を受け入れる前も後も、変わらず、ずっと愛情深き母なのだ。

さすがに死を宣告された時には応えていた。
しかし、それは自分の命のことではなく、家族、とりわけ、一人娘の心配からである。
まだ、あの子には伝えきれていない。その思いだ。
そして、今後の成長を見ることができない辛さなのだ。

人は、つい安き方へ流れる。
怠惰になるし、惰性に流される。
当初立てた目標を見失い、時間をただ目的意識もなく過ごしてしまう。
それは死を実感していないからだ。

生命の締め切りを実感していないから、「明日やろうかな」となってしまう。

しかしながら、余命宣告された彼女には、明日が来るかわからないのだ。
だからこそ、今の一日を、今のこの一瞬を、大切に、そして、確実に娘たちに継承するべく生きているのだ。

そして、それは余命宣告される前から変わっていない。
だからこそ、人を愛し、人に愛された母だったのだ。

つまり、人は人の死に直面し、初めて命の大切さを感じる。
大事に生きようとする。

それを普段からしなければいけないのである。
それを普段からしなければ、余命を宣告されても、取り戻せない場合が出てきてしまう。
だから、今を大切に生きるのだ。

今を一生懸命に、いつ死んでもいいように、生きるのだ。

とやかく言うのは野暮である

ラストシーンについて、とやかく言うのは野暮である。
あれはあれでいいのだ。

実際はどうだったか?
法律的にいいのか?
など、気にする必要はない。
わからないようにしてある。

そう思う人は思えばいいし、思わない人は思わなくていい。
そこを考察する前に他を考察した方がいい。

素晴らしい出演者

中野量太監督は、今回が商業映画デビュー作らしい。
こんな素晴らしい作品を作る監督が、デビューとは、驚きしかない。
そして、台本まで原案で書いている。
恐ろしい。
大ファンになってしまった。
次回作が出た場合は、ぜひ、劇場で初日に観たい。
楽しみである。

宮沢りえは、かなり素晴らしい。
こんな難しい役を演じた力量はすごい。
ぴったりである。
そして、ガン患者の末期の痩せ方も素晴らしい。
よく体重を落としたものだ。(あくまでも役作りとしてである)
私生活の事柄は、どうでもいい。
役者としてすごい。
2013年に、天海祐希の代役で舞台に立った。
急な代役も完璧にこなしたということだったが、観たいと思いチケットを探したがなく、観れなかったのは非常に残念な記憶として残っている。

オダギリジョーの抜けた主人の役も素晴らしい。
ぴったりだ。
約束は守らいない、ふらっと出て行ってしまう、すぐにさぼろうとする。頭も悪い。
しかし、どこか最後には手助けしてしまう。
愛されるキャラなのだ。

松坂桃李の双葉と相対するときの演技も素晴らしい。
それ以外でもどこか見捨てられない人懐こさがある。
ほっとけないのだ。

杉咲花は、初見だった。
こんなぴったりな女優はいない。
双葉との迫真の演技は、涙なしには観ることはできなかった。
絶対に応援したくなるのだ。人間力がすごい。

役者陣は総じて素晴らしい演技だ。

最後に

総じて、この映画ではたくさんの愛をもらうことができた。
それを、「観てよかった」「感動した」では、双葉の死の意味がない。
自分の周りに今から還元してこそ、双葉は生きていくことができるのだ。

監督・脚本 中野量太
製作
藤本款
太田哲夫
村田嘉邦
篠田学
板東浩二
エグゼクティブプロデューサー
藤本款
福田一平
プロデューサー
深瀬和美
若林雄介
アソシエイトプロデューサー 柳原雅美
キャスティングディレクター 杉野剛
音楽 渡邊崇
主題歌 きのこ帝国「愛のゆくえ」
撮影 池内義浩
照明 谷本幸治
録音 久連石由文、片倉麻美子
美術 黒川通利
衣装 加藤麻乃
装飾 三ツ松けいこ
音響効果 松浦大樹
出演者
宮沢りえ
杉咲花
伊東蒼
松坂桃李
オダギリジョー
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お杉

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